注目の記事 PICK UP!

加茂さくらと天皇陛下の関係は?息子は秋篠宮?

皆さんこんにちは。どんどん寒い時期になってきましたが皆様はいかがお過ごしですか?ハロウィンの仮装はされましたか?私は来年のハロウィンはぜひ宝塚のメイクをして男役になって羽を背負って宝塚の街を練り歩いてみようかなと密かに計画しております…何方か付き合ってくれる方を募集しようかな?こんなどうでもいいお話は置いておいて…今年もあと2ヶ月で終わってしまいます。さかのぼれば色々な事があった1年でした。まず年号が平成から令和に変わった事。この出来事は歴史的にも、そして皆さんの人生においても大きな出来事だったのではないでしょうか?そして年号が変わったこれを機に令和婚もブームになり私のまわりでも沢山のカップルが結婚しました。完全にお祝儀貧乏で、宝塚に費やすお金が無くなってしまったのも事実…芸能人では小泉進次郎さんと滝川クリステルさんも急遽結婚会見を行い世間を賑わせました。そしてさらに最近では10月22日、「即位礼正殿の儀」なども行なわれ各国から要人の方々も沢山いらっしゃり、内閣総理大臣夫妻主催晩餐会も行われ、テレビでも話題になりましたね!そんな宝塚では作品のほとんどが王子様、お姫様、貴族などのおとぎ話が題材になりますが、正直、現在の私たちには王室との恋愛など程遠い次元の違うお話しだなと…むしろそんなことも思った事もないくらい人ごとのような感覚で今まで生きてきました。ですがなんと今回ご紹介する方は実は天皇家である秋篠宮様の実のお母さんなのでは?と説がある方なのです!皆さんご存知ですか?それは元宝塚歌劇団娘役であった加茂さくらさん。今は女優や歌手としてご活躍をされています。今回はそんな王室のスキャンダルに関わりのある加茂さくらは秋篠宮様の母?天皇陛下との関係は?などについてご紹介していきたいと思います。

来歴


芸名:加茂さくら(かも さくら) 本名:大谷 照子(おおたに てるこ)
1937年7月16日に東京都港区飯倉に生まれる。なんと年齢は今年で82歳である。
当時第二次世界大戦真っ只中であった為、小学2年生から疎開先の静岡県熱海市で生活をしていた。中学生になると父親の転勤の都合で京都府京都市で育つ。京都府立鴨沂高等学校中退しているそうです。宝塚が大好きな母の影響で小さい頃から何度か宝塚を観劇した事があるそうです。当時戦争真っ只中であったのにも関わらず宝塚がお好きであったて事は、もしかするといいお暮らしをされていたお家柄の良い方なのかもしれません。

<宝塚での舞台歴>
おそらく京都府立鴨沂高等学校中退して1953年に宝塚音楽学校に42期生として入学している。(推定)
1955年に花組公演「春の踊り」で初舞台を踏み入団している。宝塚入団時の成績は36人中20位。
初舞台後1956年に花組に組配属される。
1958年「恋人よ我に帰れ」星組公演
1958年「三つのワルツ」花組公演
1958年「三つのワルツ」星組公演
1959年アメリカ・カナダ公演
1960年「ウイ・ウイ・パリ」月組公演
1960年「蜜柑の花咲く恋/微笑の国」月組公演
1960年「ショウ・イズ・オン」月組公演
1961年「サンタンバング」月組公演
1961年「サルタンバンク」花組公演
1961年「美しく花の如く」雪組公演
1961年「火の島/砂漠に消える-アルジェリアの男-」雪組公演
1962年「火の島/絢爛たる休日」雪組公演
1962年「放浪記」日夏京子役
1962年「灼熱のカリビア」雪組公演
1962年「花のオランダ坂/ナンバー・ワン」雪組公演
1962年「皇帝と魔女」雪組公演
1962年「あなたは追われている」星、雪組公演
1962年「ハイウェイ・ブルース/不死鳥のつばさ燃ゆとも」雪組公演
1963年「青春のバカンス」雪組公演
1963年「白い天使たちの歌/クレオパトラ」雪組公演
1964年「南の哀愁」雪組公演
1964年「花のふるさと物語」雪組公演
1964年「宝寿/レビュー・オブ・レビューズ」専科、花、雪組公演
1964年「アンコール・ワット」雪組公演
1965年「楊妃と梅妃/港に浮いた青いトランク」雪組公演
1965年「ゴールデン・シャドウ」雪組公演
1965年「佐渡の昼顔/世界への招待」合同公演
1966年「日本の祭/夜霧の城の恋の物語」星組公演
1966年「ハワイ公演」
1966年「わが歌君がため」星組公演
1967年「忘れじの歌/タカラジェンヌに乾杯」雪組公演
1967年「心を繋ぐ6ペンス」
1967年「花のオランダ坂」
1968年「藤花の宴」
1968年「トリスタンとイゾルデ/愛と夢とパーティ」雪組公演
1968年「王様と私」雪組公演
1969年「若きウェルテルの悲しみ」
1970年「スカーレット 風と共に去りぬ」
1971年「放浪記」日夏京子役
1971年「人魚姫-愛と魂の物語-」月組公演
1971年に退団
入団3年目にして当時大スターであった春日野八千代さんの相手役に大抜擢される。その後美しい美貌と歌唱力を武器に頭角を現す。
1961年〜1968年まで主演娘役として君臨する。(明石照子さん)(眞帆志ぶきさん)の相手役を務める。替えを経て1971年その後は声楽専科として様々な組みに出演し活躍していた。

*舞台
1975年「君よ知るや南の国」
1977年「安珍清姫」
1978年「ほほえみの国」
1980年「加茂さくら アドベンチャーリサイタル」
1981年「加茂さくら アドベンチャーリサイタル Part2 」
1986年「シカゴ 」
1988年「櫻姫」
1991年「仮名手本忠臣蔵」
2014年「皆既食 -Total Eclips-」モーテ・ド・フルールヴィル夫人役
1997年に実の母の介護で10年ほど芸能活動を休止されています。
2014年には宝塚歌劇団創立100周年を記念して創設された「宝塚歌劇の殿堂」で殿堂入りを果たしている。
引用元:Wikipedia
退団後はテレビや映画、舞台女優としてご活躍されています。

ご両親や家族

東京の今で言う港区に実家があり、戦時中にも関わらず、当時お金持ちの方々しか観劇することのできなかった宝塚を小さい頃から観劇し、芸の道を志す幼少時代。そんな彼女はきっといいお家柄のお生まれなんだろうなとご家族のことを調べてみました。残念ながらお父様については情報がなく、彼女が中学生の頃にお父様のお仕事の都合で京都府に住んでいたことから、京都の会社で働いていたことしかわかりませんでした。ですが母方の方を調べてみると驚くべき事実がわかりました。母方祖母方面の遠縁が皇太子徳仁親王妃雅子様である事がわかりました。簡単に言いますと、結果皇族と遠い親戚に当たるということです。これが事実であればすごいですよね…私の親戚にはこういった繋がりは全くないのでやはり次元が違うようにも思います。

そして更にさくらさんには3歳下の妹さんがいらっしゃるそうで、なんと実の妹である大谷茂子(おおたに しげこ)さんも宝塚に入団されていた事がわかりました。芸名は加茂すみれ(かも すみれ)さん。姉妹揃って同じ苗字です。1959年に宝塚歌劇団に入団し活動されていました。その後退団すると趣味であったボウリングを極め本名の大谷茂子と言うお名前で女子プロボウリング第2期生として何度も試合に出場し優勝経験を持つほどの腕前になる。最近では姉妹で宝塚に入団されている方々が多くいますが、なんと加茂さくらさんもだなんてこれは驚きの事実でした。退団後はプロのボーリング選手という事でこんな時代にボウリングをされているという所もマニアックでとても面白いなと思いました。それももう趣味のレベルを超えすぎです…

姉妹揃ってとても仲が良いそうです。そんな姉妹に悲しい出来事が…1997年頃に2人が宝塚に入るきっかっけであった実の母が病気にかかり、介護をすることになったのです。その為に当時売れっ子女優であったさくらさんは、芸能活動を一時休業されています。当時芸能以外のお仕事をされていなかった為、妹のすみれさんが尼崎で経営していたスナック路の手伝いをされていた時期もあるそうです。結果10年の介護生活を経て2007年にお母さまが亡くなっていらっしゃいます。その後も芸能活動に復帰されながら、時間のある時には妹さんのっスナックのお手伝いを続けていたそうです。

そんな異色なご家族に囲まれていたさくらさん。そんな彼女がご家族の誰にも負けない意外な特技がある事を皆さんご存知ですか?それは…麻雀です。1985年に競技麻雀団体が日本初の女子プロ麻雀12人の名前を発表しているのですが彼女はなんとその12人の中に入っているのです。競技の中で目立った成績は残していないものの、きっと賭け事のイメージが強かった麻雀をもっと身近に。そして老人には手を動かすとボケや健康に良いとして自らが広告塔になって麻雀の楽しさを世間に広めていく活動もされていたみたいです。姉妹揃って元タカラジェンヌで女優とプロ雀士。と妹は元タカラジェンヌでプロボウリング選手でスナック路のママ。異例な経歴すぎて大谷家のご家族がユニークなのがわかりました。

食事

さて加茂さくらさんと調べてみると必ず出てくるのが食事というワードです。宝ジェンヌあるあるだとは思うのですが、宝塚の生徒さんって正直、年齢不詳だと思うのは私だけでしょうか?フェアリーだからなのでしょうか…?きっと皆さん独自の美容法があるんだと思います。そして今回びっくりしたのが、加茂さくらさん今年でなんと81歳。とにかくもう80歳を超えていらっしゃるのにこんなに若さを保てるのは本当に素晴らしいと思います。この若さの秘訣を毎回テレビに出演されるたびにインタビューされるのか、彼女の独自の美容と健康に気をつけている食事が話題なのです。私たち人間は食べ物で体が作られています。ですから美味しいものものもちろんですが、体にいいものを効率よく取ることが大事なのかもしれません。人生100年というほど寿命が伸びているこの世な中、せっかく100歳まで生きるなら美しく元気に健康的でいたいですよね!ですから今回は加茂さくらさんの食事について長寿方法をご紹介していきたいと思います。

まずご紹介するのがさくらさん独自ブレンドの青汁ドリンク。このドリンクをここ40年間欠かさず飲んでいらっしゃるそうです。そのレシピがこちら。
・大麦若葉(市販のもの)
・ビタミンC原末(市販のものをでスプーンで山盛り1杯分)
・粉末酢(粉末がなければ液体でも大丈夫だそうです)
・常温の水250ml
この上で挙げた4つを混ぜたものを朝食の前に必ず飲んでいるそうです。この大麦若葉というものは漢方薬にも使われる成分です。私もこのレシピを真似してみましたが、正直にいって不味いです…250mlを飲み干すのは少しキツイです。ですから皆さん独自のブレンドでとにかく毎日続けれれることが大事なんだと思われます。

更に、さくらさんは毎日夕方の17時半ごろに夕食をとった後は、23時ごろに就寝するまでは白湯(さゆ)しか飲まないそうで…もしお腹が減ったとしても絶対に白湯しか飲まないんだそうです。この決められた時間に毎日同じものを、同じ量を食べているのでこの体内時計とバランスが健康に繋がる秘訣なんだとか、ここまでストイックに続けていることが彼女のいつまでも美しく健康的でいられる理由なのかもしれませんね!みなさんも美意識をもって自分が80歳の時にどんな年のとり方をしているのかイメージしていろんな事に挑戦していきましょう!目指せアンチエイジング!

天皇陛下との関係

宝塚を時に観劇される皇室の方々。特に政府に関すること、戦争が題材になった作品を観にいらしているイメージです。そんな時は二階の真ん中の席に、そしてたくさんのSPを従えて観劇されるそうです。周りも集中して観劇できない様な雰囲気だそうですよ!そんなタカラジェンヌと天皇陛下との関係とはなんなのでしょうか?色々調べてみて分かったことは陛下が加茂さくらさんの大ファンであったということです。これも噂なので本当なのかはわかりませんが…そして加茂さんのお母様方の遠い親戚に皇族の方がいらっしゃるということで、もしかすると直接お会いする様な機会があったのかもしれませんね!ですがこれだけ関係のことをネットで調べられるということは、もっと濃い親密な関係があるのではないでしょうか?謎が多い皇室なだけに決定的な証拠はありませんがもしかすると、美智子さまと結婚される前に恋仲な関係であったのかもしれません。

秋篠宮様

さて加茂さくらさんが今までどのような経歴を歩まれてきたのかなんとなくわかったところで、今回のテーマの1番の謎についてご紹介していきましょう!
(加茂さくら)さんと検索すると必ずセットで出てくるのが、(秋篠宮)さまです。これは一体何故なのでしょうか?平成から令和に時代も変わり「即位礼正殿の儀」やパレードなども行われ何かと全世界からも注目されている日本の天皇家。そんな天皇家にどう加茂さくらさんが関わっているのかを色々と調べてみましたのでご紹介していきましょう。

皆さんもちろんご存知の通り、上皇明仁(あきひと)さまと上皇后美智子(みちこ)さまご夫妻には3人の子供がいらっしゃいます。
お二人のご結婚は昭和34年4月10日

昭和35年2月23日 長男:今上天皇 徳仁

昭和40年11月30日 次男:秋篠宮文仁親王

昭和44年4月18日 長女:黒田清子

小さい頃から3人兄弟が仲良く遊ぶ写真などが新聞やニュースなどが取り上げられていました。そんな中、秋篠宮さまがもしかすると腹違いなのではないか?という説が浮上してきたのです。そしてその生みの母と言われているのが元宝塚トップ娘役の加茂さくらさんなのです。その理由が、まず秋篠宮さまだけ他の2人とお顔が似ていないということ…上の写真で比較してみましょう。確かに言われてみると少し似ていないように思えます。身長も163センチと178センチかなりの身長差です。ですが兄弟でお顔立ちや背丈が違うということは世間的にもあるのではないかと私は思うのですが…そして世間の噂的に言われているのが小さい頃のお顔が加茂さくらさんと似ているということです。言われてみれば似てるような似ていないような…英国王室となんか似ていますよね、チャールズ王太子とヘンリー王子の髪の毛の色や顔、性格の違いなどダイアナ妃の不倫疑惑など、もしかするとプリンスあるあるなのか…?

昔のニュースを遡ってみて分かったことは、長男を出産された3年後に2人目を妊娠された美智子様。ですがこの時に胞状奇胎(ほうじょうきたい)という胎児がブドウの様に膨れ上がってしまう病気にかかられてしまい、残念ながらお二人目を流産された経験があるのです。このことから次の妊娠が難しいのではないかと囁かれました。さらに子宮を摘出されたのでは?と言われたほど。そして一度も妊娠している様なお姿で表に姿を現さないまま昭和40年に秋篠宮さまが生まれました。このことに世間はびっくり。彼が成長していけばいくほどお顔が似ていないや体格が違う、真面目な長男と違い、次男は遊び人で不真面目、不仲説なども飛び交い腹違いの兄弟説が生まれたのではないかと思われます。この時に実の母が加茂さくらさんなのでは?と言われる様になりました。その理由の一つに上皇明仁様が彼女の大ファンであったということ。そして加茂さんの母方の遠い親戚が皇族の方だということから何かしらのコンタクトを取る機会があったのでは?と推測されます。

ですが調べてみると秋篠宮さまが生まれた1965年11月30日に、彼女は何をされていたかと言いますと、それはわかりませんが1965年11月3日〜11月26日まで東京宝塚劇場で「佐渡の昼顔/世界への招待」という舞台に立たれていたということが分かりました。時期は被っていないとはいえ、10ヶ月の母体が宝塚の舞台に立つのはどう考えても難しいと思うのは私だけでしょうか?衣装もかなりタイトなものも多いですしあんなに激しいダンスなどを妊娠していて行うのは、何がなんでも無理だと思います。不可能を可能にするのがジェンヌですが…さすがに不可能だと思います。このことから私の推測ですが恐らく加茂さくらさんが実の母説はガセネタな気がします。都市伝説であってほしい。いつかこの真実が明かされることがあれば知りたいところですよね。こんなお噂があっても、彼女はテレビなどに出演されていることもあるので…違う気がします。彼女に直接インタビューして欲しいなという思いもありますが、明かされないことが怪しいところでもありますね。ちなみに彼女は独身を貫いていらっしゃいます。タカラジェンヌですからいつまでたってもフェアリーでい続けていらっしゃいますね。

まとめ

皆さまいかがでしたでしょうか?ちょっと昔のジェンヌさんすぎましたかね…ですが宝塚が100年以上続いてきたのにはこういった諸先輩方のおかげでもあるのです。ですが思ったことは今の宝塚とは考えられないほど次元が違うエピソードが多い。加茂さくらさんを調べてみると他の昔のジェンヌさんなども気になってしまいましたのでこれを機に、少しさかのぼり皆さんのまだご存知ではない方々特集でもしてみようかなと思っています。もし皆さんの方でもご要望があれば教えてください。もっといろんなことを共有していきたいブログでありたいと思っています。今回のテーマは加茂さくらは秋篠宮様の母?天皇陛下との関係は?でした。

宝塚歌劇団ランキング

免責事項

当サイト上に掲載されている情報の内容については万全を期しておりますが、これらの情報によって万が一いかなる障害が生じた場合も、情報提供者としては一切の責任を負いかねますのでご了承いただきますようお願い申し上げます。なお、万が一、当サイトに不適切な記事、画像、リンク等がありましたら早急に削除するなどの対応を致しますので、こちらまでご連絡ください。

PAGE TOP